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ノルディックスキーが熱い! 荻原健司&阿部雅司トークショーに行ってきました。

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北海道新聞ぶんぶんクラブ主催のトークショーを昨日聞いて来ました。
1992年のアルぺールビルの復合団体で日本がオリンピックで
初めて金メダルを取った時の荻原健司さんが日の丸を持って
ゴールした姿を見て、クロスカンロリースキーに興味をもちました。
それ以来、ゲレンデスキーも全く経験が無かったのですが、へたくそ
ながらも今日までその魅力に引かれ、競技を続けている源泉のよう
な気がします。

そのトークショーの概要は、貰った資料等を参考にして書くと
以下の通りであったと思います。

14年待った!複合ニッポン7大会ぶりV

①ノルディックスキー世界選手権は2009年2月26日、チェコ・リベレツ
で行われ、複合団体の日本が7大会ぶりの金メダルを獲得した。前半
飛躍で5位につけた日本は、後半距離(20キロ)で第1走・湊祐介
(23=東京美装)が首位争いを演じ、加藤大平(24=サッポロノルデ
ィックク)、渡部暁斗(20=早大)とつないで最終の小林範仁(26=
東京美装)がゴール前でドイツに競り勝った。
同種目の金メダルは荻原健司らを擁した95年大会以来。

②アンカーの小林が、写真判定にもつれこむドイツ・エデルマンとの
デッドヒートを制した。
前半飛躍で5位スタート。しかし、距離第1走者の湊が首位争いに加
わった。3走の渡部は「役目は果たせた」。その意気をエースが見事
に金メダルにつなげた。

③1992年から95年まで五輪、世界選手権を4連覇した複合
ニッポンの復活だ。お家芸は頂点どころか表彰台からも遠ざかった。
遠征費をやりくりしながら、W杯に出る実力がない若手をW杯Bに
送り、将来を見据えた強化をしてきた。
小林や加藤、湊らはここで経験を積んだ。14年を経て、ようやく
実を結んだが、かつてと大きく違うのは、この日のように距離で
逆転できるメンバーがそろったことだ。

④過去の黄金時代は、前半飛躍で大きくリードして、苦手の距離
で逃げ切るのが唯一で絶対のパターンだった。
だが、日本の強さが際立ったため、距離重視にルールが改正され、
低迷が始まった。今回のメンバーは世界トップクラスの走力を持つ
小林をはじめ、ユニバーメダリストの渡部、湊と、加藤以外は距離
を得意とする。

⑤92年アルベールビル五輪で日本は距離の得意な阿部雅司を
外し、初の金メダルを手にした。
今回は飛躍が得意なエース高橋大斗を外した。14年ぶりの復活は、
新生複合ニッポンの誕生でもあった。

⑥阿部談:94年レレハンメルの金メダルは相当のプレッシャーの中
での金ですが、何より感動したのはチームメートの荻原健司と河野
孝典の気持ちでした。表彰台で金メダルのコールが掛かった瞬間、
2人が僕をいきなり抱え上げたんです。
彼らは2年前の僕の悔し涙を知っていた。口には出さなかったけれど、
補欠の悔しさを痛いほど理解してくれていた。彼らは、絶対に僕を表彰
台の真ん中に立たせるのだという思いで、この試合に臨んでいたん
です。あの時、ふてくされた態度を取っていたら、このごシーンはなか
ったでしょうね。

⑦1年後のバンクーバー五輪に向けて
2009年アルベールビの時は「阿部を外すことで若手に危機感を
もたせ、奮闘させよう」という意図があったのだと聞いています。
当時の日本は勢いがあったから、阿部がが不在でもチームの
レベルは維持できるだろうと思われた。
ただ、強いチームというのは技術力だけでは成り立たない。俺が々
ではなく、相手を思いやる気遣いが生まれれば、チーム全体がまと
まり、それが結果として表れる。
これが備わると金メダル狙いは確実です。

○阿部雅司さんは現在、全日本複合チームコーチで年の半分は
海外遠征などで札幌の家を離れて活躍しています。

○このURLでノルデック復合の映像が見れます。

◎2009年ノルディックスキー世界選手権 複合団体金メダル

◎1994年リレハンメルオリンピック・ノルディックスキー複合団体金メダル

◎1992年アルベールビル・1994年リレハンメルオリンピック・ノルディックスキー複合団体金メダル

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by ikasashi2007 | 2009-11-01 01:25 | クロスカントリー